ゴーヤーの命

29日、正月休みの初日、半年ぶりに庭の手入れをした。小さな庭だが真ん中に芝生が植え、芝生を囲んで土を耕し草花や野菜を植えている。僕はパパイヤの若木を切り倒し、妻は収穫の終わった野菜の片付けをした。

夏場は、青々とした大きな葉っぱを茂らせ、勢いよくつるを這わせていたゴーヤーだが、気温が下がって葉は枯れ、茎も縮んで細くなった。夏の間、大きな実をたくさん実らせていたのに、今は役目を終え枯れようとしている。名残惜しい。妻が鎌で根っこを切り、つるを引き寄せた。妻が「これを見て」という。

つる先に10センチほどの青い実を3つ付いている。妻がいう。このゴーヤーは命が絶えるまで実を付けようとしたいたんですよ、と。ゴーヤーの実を見つめて2人は声も出なかった。自分は死んでも命をつなごうとするゴーヤーの生の営みに心を打たれた。命の炎が消えるまで生きんとしていたのだ。それが生き物の真の姿なのでしょうか。

今年も今日で終わるが命の連鎖は続く。来年も炎の1年でありますように!

ラン日誌 12月30日(土)晴
ランは休み。年末のあいさつで具志川の親戚回り。








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