1972年の甲子園―忘れない8月15日

甲子園の100回大会。今日の第二試合で興南高校が東千葉代表の木更津高校と対戦する。勝ち負けより、興南がどん試合をしてくれるか。そこが見たい。

今日は8月15日。終戦記念日。46年前のことが頭に浮かぶ。
1972年夏。沖縄が祖国復帰した年。第54回大会の沖縄代表は名護高校だった。初戦の相手は足利工業。この試合を、当時松山にあった琉球日産ビル3階の沖縄経済研究所で観ていた。

試合は2-3でリードされた名護が、8回1アウト、2-3塁のチャンスにバッターは4番の平安山。一打逆転の場面を迎え、つばを飲んだ。その時、サイレンが鳴った。試合中断、黙とう。平安山は三振。あのサイレンがなければと悔しい思いをした記憶が今も残る。当時35歳だった。

今日も、試合途中にサイレンが鳴るでしょう。それが試合にどう響くか。お腹を空かした人が料理を待つような錯覚を起こす。

楽観、期待は禁物。甲子園は甘くない。何が起こるか、誰も知らない。ミステリーだ。

ラン日誌 8月14日(火)曇り 台風の発生で風強し
新都心公園 18:20-20:00 ユル3.4㎞、ガチ走1㎞×3セット


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