「拝願」(うがん)は慢心の戒め

沖縄には昔から「拝願」(うがん)という習わしがある。地域の守り神が宿る御嶽(うたき)、あるいは「拝所」(うがんじゅ)で手を合わせて地域の安全と村民の無病を祈る。

自分は信心深くないので「拝願」にはあまり関心がなかった。家内が毎朝、仏壇と台所の「火の神」(ヒヌカン)にお茶を供えて「拝願」して、家内安全、家族の健康を祈っているのに他人事のように見過ごしていた。毎日の幸せは当たり前のように思っていた。首里城の火災にあって自分の思い上がりを反省した。

首里城正殿は宮殿のように豪華に光輝いていた。人々はその華々しさに目をとられ、その足元にある小さな「御嶽」(首里森御嶽)には気も留めなかった。首里城はいつまでもあると思ったのでしょうか。

「拝願」は祈るだけの他力本願の気持ちではなく、「拝願」によって当事者の「慢心」を引き締めるという戒めの行いであると悟った。一事が万事。個人、企業、団体、国政でも同じではないか。「天災は忘れた頃にやってくる」(寺田寅彦)。



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