ポール與那嶺さんのお父さんのこと

沖縄タイムスの総合欄に「県3役の動静」と短い記事が載る。興味がるのでよく見る。今日(28日)は、「9:15セントラルパシヒィック取締役会長ポール與那嶺氏知事表敬」とある。

ポール與那嶺さんは、アメリカの実業家で公認会計士、日立コンサルティング代表取締役社長、日本アイ・ビーエム代表取締役社長、ハワイのセントラル・パシフィック バンクの取締役会長である。

記事を見て、ホール與那嶺さんのお父さんのことを思い出した。お父さんのウヲーリー與那嶺要さんは沖縄系のハワイ2世、祖父は中城出身。

ウオリー與那嶺さんは、1950年―60年代に活躍したプロ野球選手。1951年読売巨人軍にスカウトされて入団。俊足の中堅手。巨人の1番與那嶺、2番千葉、3番青田(?)、4番川上と巨人の黄金時代を築いた。ベストナイン7回、オールスター8年連続出場、首位打者2回を獲得した。日本プロ野球最初の外人選手。プロ野球殿堂入り1号となる。

一番印象に残るのはウヲーリー與那嶺さんの中日監督時代。星野、権藤、谷沢、坂東、高木の名選手を育て、巨人を倒しリーグ優勝をした時。米国人らしいおおらかさ、人情味のある親密感で選手と接していた。高木守道には、“たか”、星野はほし“とニックネームで呼んでいた。

ウォーリー與那嶺は1960年代の私の星だった。2011年ホノルルで亡くなった。85歳。今日は彼の命日(2月28日)。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント