平和教育とは

今朝の琉球新報の「声」の欄に「平和教育とはなにか」(敦賀昭夫 63歳)の投稿がある。「沖縄戦を学び、平和への誓いを述べるのが平和教育と思っていないか」「なぜ基地問題には沈黙するのか」と疑問を呈する主旨の投稿である。

投稿の主旨とは違うが、私も「平和教育とはなにか」毎日の生活の中で考えている。私なりに平和とはなにかを、定義してみると:

   ○批難、中傷、憎しみ、差別、偏見が横行しないこと
   〇人殺しがないこと(殺人、いじめ)
   ○武器をもって喧嘩をしないこと(戦争・暴力団抗争)

国と国の戦争だけでなく、人と人が言い争って喧嘩していては平和の世の中とは言えない。

私は思う。戦争も喧嘩も人の心の中で始まる。他人を憎み、恨み、差別し、不信感を持ち、否定し、支配欲と利己心が喧嘩の火種になる。その心が怒り、怒りは暴言と暴力に変わる。それが戦争の始まりである。

平和教育とは、戦争の悲惨さを学び、平和を愛する心を育むことである。日本軍の蛮行を教えたり憎しみを増幅させることではない。「戦争は人間の心の中で始まる」ということを教えるのが平和教育だ。

ラン日誌 7月13日(水)晴れ
新都心公園 18:20~19:30 7km
ジョギング

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