円盤投げの宮城栄仁

沖縄が生んだ日本1の男円盤投げの宮城栄仁。琉球新報のスポーツ欄に、沖縄の五輪秘話として920日から金曜日と土曜日に連載されている。

沖縄に日本1の円盤投げの選手がいたと小学校のころ先生から聞いた。宮城栄仁と言うんだ。学校の生き帰りもズボンの後ろのポッケトに円盤を入れて持ち歩いていと、話されていた。

宮城栄仁は昭和16年、大宜味村で生まれる。沖縄農林学校を卒業し三重高等農林学校に進学。20歳先輩で、私が生まれた時は三重高農の1年生だった。

三重高農時代、昭和12年~15年、日本陸上競技選手権大会の男子円盤投げで4年連続優勝。昭和15年(1940年)、満州大連での極東陸上競技大会で46.19㍍の日本記録をだした。

この記録は昭和32年金子宗平に破られるまで、18年間破られず不滅の記録と称された。

自分が民政府(UACA)に勤めていたころ、米人の職員が「沖縄人は日本人ではないでしょう」「琉球人」だと見下す発言をした。「あなたは宮城栄仁」を知っているかと聞いた。知らないというから彼の記録を話した。「それでもあなたは、沖縄人は日本人ではないというのか」と反論したら、相手は黙っていた。

ちょうど、1964年東京オリンピックの開催前だった。こんなエピソードを思い出した。


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